【ある日突然、弟が不登校に】家族を襲った地獄の日々と抜け出すためのヒント

最近、というか以前からですがよく目にする不登校や引きこもりの話題。ぼくの弟もいわゆる不登校児で記憶が確かなら小学校3年生から中学卒業まで、ほとんど学校に行っていません。

当時はそういった事象に理解もなく相談できる先も限られていました。両親、特に母はかなり参っていました。

結論としては、今はメチャクチャ社交的で毎週飲みに出かけてますし、家業を手伝う傍ら副業でいろんなことに手を出しています。

当時の対応も振り返りつつ、今後の自分の子育てのなかで、こういったシーンに直面したときどうするべきなのか。そんな想定もしておきたいなと思いました。

かなり暗い話題だと思いますので読み飛ばしもらって構いません。笑

突然始まった不登校

不登校に原因なんてない

うちの2つ下の弟は小学校3年生くらいから不登校になった。理由ははっきりとはわからない。とにかく学校に行くのがイヤになり始めた。1年生になるときに引っ越しがあり、保育園の友達とは離れ離れになってしまったが、そのあと2年は少なくとも学校に行っていた。仲のいい友達も結構いたし、いじめや無視されたりもなかったと思う。

結局今になっても、なにがその原因だったのかわからない。本人もわからないと言っているので、そもそもこれだという原因なんてないのかもしれない。

ご褒美で釣るのは悪手中の悪手

最初は週に2日くらい休むだけだった。もう25年は前の話しで、その頃は心のケアだとか引きこもりについて、そんなに理解がない時代だったのかもしれない。

父と母は弟を学校行かせるのに躍起になっていた。

1週間行ったらオモチャを買ってあげよう。とにかく楽しいところだと刷り込もう。多少ワガママを言っても目を瞑ろう。

もちろん今考えると最悪の手段だ。兄弟の仲も悪くなっていった。僕はふつうに学校に行って、成績だってほとんどオールAだ。サッカーも選抜に選ばれたし、書道でも賞をたくさんもらった。

でもオモチャを買ってもらえるのは、週4日学校に行けた弟だった。

兄弟の中でもなんでアイツだけという暗い気持がドンドン大きくなっていく。

朝は毎日が地獄だった。

昨日は学校に行くと約束したのになんで行かないの?から始まり、最後は布団を引き剥がそうと鬼の形相になり、抵抗する弟はイヤだと泣き叫ぶ。なんでそんな約束も守れないんだ、オモチャを返せとヒステリックに叫んで布団をバンバンと叩く母。

毎日1秒でも早く家を出て、1秒でも長く外にいたかった。

ご褒美欲しさに約束はするし、本人も学校に行けないことはおかしなことだとわかってる。夜になるに連れて元気になるし、次の日は学校に行けると考えてる。でも心になにか問題があるから、朝が来ると急に行けない気持ちになる。

だからご褒美による約束は根本的に何も解決されていない。親はただの甘えだとしか思ってなかったから、とにかく行かせることだけしか考えてなかった。

少しずつ増長する弟と大きくなる家族との溝

その後、ようやく少しは学校にいけない事を母は受け入れ始め、カウンセラーにも連れて行ったし、不登校児がいくスクールみたいなものにも連れて行ったけどどこにも馴染めなかった。

弟はだんだんと横暴になっていった。人のものでも気に入ってちょっとでも自分が使ったら、もう俺が使ってるのに取り返すなんて意味がわからないと大声を上げる。おばあちゃんが野良犬に噛まれそうになって弟に寄りかかった時、弟の持ってたジューがこぼれた。噛まれなくてよかったねじゃなくて、俺のジュースをどうしてくれるんやクソババアとか言い出す。

自分の思い通りにならないと気に入らなくて暴れるし、親に迷惑をかけることなんて本気でなんとも思ってなかった。

人として、そういう思考が欠落しているかのごとくワガママを言い放ちまくっていた。

家族の中でも腫れ物を扱うようになってたし、僕は明確にキライだった。

母は兄弟は仲良くあるべきだと、事あるごとに弟も連れて行ってやれ、仲間外れにしないでやってくれと言ってくる。

友達と遊ぶのに弟が付いてくるなんてレアケースなはずだけど、母はそれが心の底から理解できないタイプの人間だった。

ただ、弟は不登校ではあったが、遊びに来てくれる友達は結構いた。外へも出かけたし、社交的ではあった。

ただ学校に行けなかっただけだった。でも母も周囲もそれを受け入れられなかった。

事態を悪化させる小学校側の対応

小学校側の対応は子供ながらにアホじゃないかと思うことばかりだった。

学校はこんな楽しいことがあったよという寄せ書きみたいな色紙を定期的に送って来たり、そんなに仲の良くない子も日替わりで尋ねて来さされていたり。

しかも色紙には「毎日学校休めてうらやましい!何して過ごしてんの?」みたいな言葉まで書いてあった。

恐ろしいのは、それがすべて、全くの善意から来ていること。先生はこれが正しい行いだと信じていた。そんなの渡されたら傷つくからやめてくれ、あんまり知らない友達に来られてもどうしていいかわからないからやめてくれと言っても聞き入れてくれなかった。

それどころか、仲が良かった友達に、一定の人とばかり友達になるのは弟にとって良くないから、あまり行かないようにしなさいと言い聞かせていた。

中学生になって、1年生の1学期だけほぼ毎日学校に行っていたがすぐに来れなくなった。

父も母もすごく落胆していた。中学生になったら毎日学校に行くと約束していたからだ。

そんな約束させても意味ないことくらいすぐにわかるんだけど、それでも両親は信じていたし、実際に少しは行けていたから尚更だったんだろう。

この辺りでようやく母も現実を受け入れて、どうやったら弟が学校に行けるかではなく、どんな生きる道があるのかを模索するようになった。

中学卒業あたりから少しずつ風向きが変化

高校ではなくPC系の専門学校へ

結局高校進学ではなく、PC系の専門学校に行き始めた。どうせすぐ辞めるだろうと思っていたが、全然辞めないばかりか、ほぼ皆勤。

よくある話ですが、PCは家にいる間になにか将来の為になることはないかと、父と母が必死に考え、弟に買い与えたものの一つでした。たしかマックもwindowsも1台ずつ持っていた。2台で60万以上はしただろう。

これもよくある話ですが、そこからつながるインターネットの世界に、のめり込んでいき、プログラミングも独学で勉強し始めていました。

家族との関係も少しずつ改善

専門学校卒業後はSEとして東京で働く傍ら、同級生数名と企業。今はもう潰してしまったけど、当時の人脈とまだ繋がっていて、家業を手伝いながら何かやろうとしてそうだ。

いまだに弟はワガママだし、親に企業の時に借りた金も返さない。でももうそういうキャラとして受け入れられている。

弟は専門学校を卒業してから東京に住んでいて、奈良に帰ってきた時は僕が名古屋に転勤になっていたので、もう10年以上一緒に住んでいない。

今もそんなに仲は良くないが、昔ほど本気の殺意はなくなっている。

PCを安く組んでもらったり、こっちは弟の事務所探しのアドバイスをしてやったり。

何が問題だったのか

不登校の理由はわからなかったけど、こじれた原因は2つ

結局、いろいろこじれたのは

・学校に行かないといけないという固定観念

・甘えと断定し、受け入れられなかった周囲

これが原因だったと思う。

学校に行くことが正義だという考え方は当時は今よりもっと強かったと思う。だから無理やりでもそのルートに戻してあげることが弟の為になるんだと誰もが本気で考えていた。

何が理由で学校に行けなくなったのか、弟は今でもわからないらしい。いじめがあったわけでもなかったのは間違いない。仲のいい友達もいた。

理由が本人にもわからず、そもそもそんなもの無いのかもしれない。それなのに、それは何なのかを探しすぎて、甘えだと断定し、そこだけを改善しようとしたことも、事態がこじれて長引いた原因になった。

周囲が、それはそういうもんだと受け入れて、違う道もあるよと提示してあげることができれば、両親が毎朝あんなにヒステリックになり、ストレスを抱えることもなかった。弟を特別扱いして、兄弟の関係が壊れることもなかったと今でも考えたりする。

不登校の理由はたぶんだけど、やりたいことや好きなことがそこにはなかったんだと思う。実際に専門学校には毎日楽しそうに通って、遅くまで残ってクラスメイトといろんな話をしていた。そこは弟にとってやりたいこと、学びたいことが溢れていた。

自分の子供が不登校になったら

もし自分の子供が不登校になったら、学校に戻してあげようとしすぎないでください。

特にご褒美で釣る方法はホントにその瞬間だけの効果しかないし、行きたくない場所に無理やり戻しているだけです。

明日は行くと約束するのは、その時の本心です。もしくはお父さん、お母さんに心配をかけたくない気持ちから出てくるその子の優しさです。

だから次の日、約束を破ったとしても叱らないであげてください。

いちばん傷つくのは、両親や家族が不登校はあるべき姿ではないと思い込み、周囲の人たちが思う「あるべき姿」の型にはめ込もうとすることです。

今のその子のありのままを受け入れてくれないことです。

現実として、そして、それは一つの選択だという程度に受け入れ、その状態から歩める未来は何があるのかを一緒に考えてあげてください。

今はPCだけでも食べていける世界です。

たかだか学校に馴染めないというだけのことで、お子さんの未来を悲観したり可能性を狭めることなく、無限の世界を見せてあげてほしい。

ウチの家族も今はいい関係を保っています。でも当時の記憶は本当に毎日が地獄でした。同じ思いをしている人たちには、そんな日々を少しでも早く切り上げてもらいたい。

それには本人が変わるのではなく、周りがまず考え方を変えて、その子を受け入れてあげないと何も始まりません。

さいごに

ちなみに妹も中学から不登校。笑

こちらは精神的に云々というよりはヤンキー(見た目だけ)まっしぐらで、高校中退。テキ屋で日本を転々としたものの、ある日ひょっこり帰ってきて、190cm100kgある、デカいくまのプーさんみたいな旦那を捕まえて、ムスメと3人、実家の近くで幸せに暮らしています。

子育てに正解はありませんが、こういう生き方もあることを身をもって学んでいるので、我がムスメがどんな方向に進んでも、根本的なところさえ間違わなければいいかな。

そこだけは教えてあげて、あとはなるようになるかなと。

それがやはりモットーである「テキトーな子育て」を邁進していきたいと思います。

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