働き方改革・ワークライフバランスって… 「昔の生活のほうがいいんじゃね?」プロ無職 るってぃさんのtweetに思うこと

こんにちは! 子育てサラリーマンまとん(@mstokwky)です。

こんなるってぃ/プロ無職さんのtweetを見かけまして、思うところがありまして。

モノや情報に溢れまくった現代ですが、本当に必要なモノだけ残して、それ以外はなるべく少なくシンプルに。

持たざる暮らしというものがフォーカスされて久しいですよね。

今、なぜみんな「昔の生活」に惹かれ、それでもまだそこまでたどり着けてないのか。るってぃさんのtweetを見て思うところを書き連ねてみました。

なぜみんな都会に集まるんだろう

「昔の生活」を求めるのは結局のところ、そんなにモノや情報ばかりいらないよってことなのでしょう。

自分で処理できないほどの情報や、管理できないほどのモノ。

しかも毎年のようにアップデートされて、それがさも必要であるかのように宣伝してくる「現代の生活」。

そんな現代の生活が目指すべきところであるかのように、ある意味洗脳され、それを目指してきました。

豊かさとは、稼いだお金であり、そのお金で買える豪華で新しいモノに囲まれた生活。

トレンドのスポットやイベントに出かけて行って、みんなにこんないい生活をしていると自慢すること。

それが豊かさの象徴である。

戦後からバブル期を経て今まで、豊かさの根底にはこんな物質社会の権化のような考え方があったんではないでしょうか。

そんな豊かさを求めているから、便利で豊かな生活をもとめて田舎から都会に出てきている。

ブランド品や流行のスポット。トレンドの服やモノに囲まれて最先端で生きていきたい。

もしくは仕事があるのが都会だから、働き口を探して出てきた。

都会にいるほうが仕事がしやすいからそこ中心に生活をしている。

枚挙していけばキリがありませんが、こんな感じなんだろうと思います。

これって都会で暮らしたいから都会で暮らしてるわけではないですし、もはや自分の意思ですらありません。

豊かさの再定義

でも本質的に、本当にみんながそんな「現代のくらし」をしたいのか。みんな都会暮らしをしたいわけじゃないんだと思います。

じゃあ一体、みんなが求める豊かさとはなんだったのか。豊かさの定義を再定義する必要があるのではないでしょうか。

ただ、たくさんのモノやトレンドに囲まれることが豊かだとする「現代のくらし」の時代は終わりつつあります。もしかしたらとっくの昔に終わっていたのかもしれません。

いま、みんなそんな生活に疲れて、自分の時間の大切さ。モノを減らした生活。オーガニックな暮らしなんかにあこがれています。

自分や家族との時間を持てること。趣味ややりたいことにお金も時間も使えること。目の届く厳選したモノに囲まれて生活すること。

こういう生活へのあこがれが「昔の生活」への回顧につながっています。

情報が一方通行から双方へと流れが変わってきたことで、メディアがいままで一方通行で広めてきた「豊かさ」以外にも、人それぞれの豊かさがあるんだとわかるようになりました。

するといままで目指してきていたものが、実は自分が欲しかった豊かさではないことに気が付く人も増えてきました。

アップデートされた「昔の生活」へ

目指すべきは、いままでの時代の流れで、肥大化してしまった生活全体のスリム化です。

少々多すぎるモノに囲まれて、あれやこれやと趣味に手を出して、生活すべてが行き詰ってしまってないでしょうか。かくいう自分自身がそんな傾向にありました。

これからは、ミニマリストまではいかなくても、自分の手の届くこだわりのモノに囲まれて、自分で時間を使える趣味に時間を使っていく。

最近知った言葉では「モノマリスト」という考え方が一番しっくりきました

>>「モノマリスト」についてはこちらの記事
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そんな中で厳選したモノ・コト以外は、多分ちょっと余計だったものなはずです。新たにアップデートされた理想の「昔の生活」に向かっていくことをみんな求めている。

ツールは進化している 邪魔しているのは「常識」

インターネットの普及によって、ライフスタイルは大きく変化してきました

田舎にいても買えないものはほとんどない。仕事もやり方によっては都会じゃなくてもどこでも稼げるようになってきた。
コミュニケーションの取り方も多様化してきたのでそこにいなくてもできる仕事もどんどんと増えてきている。

そうなると、住むところもなにも都会じゃなくてもよくなるはずです。働く時間も場所ももっと自由になるはず。

もっと住みたいところに住めばいいし、やりたい仕事や働きやすい働き方をしてもいいはず。

>>【デフレ脱却はいつ?】だからお前の給料は安いんだよ! サービスと適正価格について
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でもなかなかそうはならない。これってなぜなんでしょうか。

ほとんどの場合は「これはこうでなくてはならない」という常識という名の固定観念が邪魔をしています。

例えば都会に住む理由として

  • 人と商談するときは面と向かってなければならない。
  • 部下とのコミュニケーションは画面越しだと真意が伝わらない。
  • 上司や客先にこんなやり方は失礼。ウンヌン

こういったことがネックになっていることってまだまだ現実問題としてあります。

コミュニケーションツールがどれだけ発達しても運用する側がこれだと何も変わらない。まさに宝の持ち腐れです。

もちろん、実際に会って話すことは重要だし、そういうコミュニケーションに感じる人情のようなものも否定しません。

でも使い分けていくと、みんながもっと幸せになれるのに。そして技術的にはそれができるレベルまですでに到達しているのに、それをしないというのは勿体ない以外のナニモノでもありません。

もうすでにツールは手にしている。ここからは常識の方を変えていかないといけない。

人間の意識というものは思っている以上に頑固でなかなか変えられないものです。ツールを構築するより、この常識やいしきを変えることの方が断然イバラに道です。

しかしこれを乗り越えた先に、本当のライフワークバランスや働き方改革があると思うんです。

>>【実現可能?】いまさらながら「働き方改革」って何だろう
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さいごに

都会に出なくても必要な収入をキープできて、田舎に住める。利便性も損なわず、家族や友達とのコミュニケーションも取れる。

そうなったら地方の過疎化問題なんて一瞬で解決です。

楽天的かもしれませんけど、結局は人の意識ややる気が世界を変える。逆に言うと、それしか世界を変えられるものはありません。

絶対に正解というものはありませんし、考え方の違う人もたくさんいます。

そもそも聞く気すらない人と話をするのもなかなか難しいものがありますが、少しずつ、変えられることは変えていきましょう。

どうしても反りがあわなかったら我慢しすぎる理由はありません。転職も普通に選択肢でいいと思います。

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常識とは、常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
ーアルバート・アインシュタイン

急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない
ーアムロ・レイ

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